2008年02月15日

インディアン居留地ンについて

どのようなことが問題だったのか、考えてみました。


居留地(きょりゅうち、特別保留地)とは、アメリカ合衆国内務省インディアン管理局(BIA)の下、アメリカ州の先住民族によって管理される土地。 リザベーションという呼び名が一般的だが、有力な民族のものは自治権が強く一つの国家にも等しい力を持ち、ネイション(国家)と言われる。 同様にアメリカ州の先住民族を抱えるカナダにも同種の土地が存在する。


当初、「保留地」とは、インディアンの故国として白人が保障してとっておいた(リザーブした)土地であり、白人側はインディアンをそこに閉じ込めるといった考えはなかった。狩猟のためにインディアンは保留地から離れることがしばしばあったし、白人がそこの土地を買ったり、勝手に進入したりすることも許されないということを、白人側はインディアン側に条約で約束していた。インディアンは保留地を通る幌馬車やカウボーイから、通行料を取ってさえいたのである。
だが、増え続ける移民の前に、圧倒的な武力を背景に白人側はインディアン部族に土地の割譲を迫り、インディアン部族はわずかな年金と引き換えに条約を呑まざるを得なくなっていく。トーマス・ジェファーソンは、「インディアン達の意思を無視して白人側が勝手に保留地の土地を買ったりすることは許されない」と述べたが、それは全くの空論だった。土地を巡る白人とインディアンの争いは次第に激化していく(→インディアン戦争)
東部の豊かな土地を所有していたインディアン部族の多くが、何のゆかりもない数千km離れた西部の土地へ強制移住させられた。(→涙の旅路)この強制移住は、数百数千に上る部族民の途上死を招いた。
1860年代を前後してユリシーズ・グラント、ウィリアム・シャーマンといった白人指導者たちは、「保留地に入らないインディアン部族は絶滅させる」という絶滅政策を採り、保留地をインディアン部族を隔離・管理するための収容所化していく。
さらに、1886年のドーズ法などによってインディアン保留地内の土地は細分化され、不動産化されていった。わずかな年金や品物と交換されて(それもまともに支払われることはほとんど無かった)矮小化されていった。数ドルの年金で、数十年単位で、市町村クラスの土地を白人農場主が半ば強制的に借り上げるようになっていった。保留地では、地主であるインディアンが、借地人である白人の農場などで、低賃金の肉体労働に従事していることは珍しいことではない。
同時に、インディアンが保留地から白人の許可なしに外へ出ることは全面禁止となった。違反者は死刑になった。(シャイアン族のリトル・ウルフとダル・ナイフの逃亡)
「保留地」には、内務省インディアン管理局(BIA)から白人の管理官が派遣され、保留地内のインディアンのすべての行いについて「監督・指導」するようになった。反抗的、不穏な部族や指導者は軍が呼ばれ、虐殺された。(シッティング・ブル、クレイジー・ホース、ウンデッド・ニーの虐殺)
儀式のほとんどがキリスト教的でないとして弾圧禁止され、シャーマンや呪い師は殺害された。狩猟も禁止された。保留地は、「インディアンが農業を行うための土地」となった。 が、ほとんどの保留地は農業不可能な不毛の原野である。
ようするに保留地の歴史すべてが条約違反なのである。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2008年01月08日

讃岐うどんのこだわり

讃岐うどんには名脇役がたくさん。
おいしい讃岐うどんたべたいなぁ。

コシについて
讃岐うどんはよく「コシが強い」と表現される。また大阪のモチモチしたうどんに比して讃岐うどんはシコシコしている(コシが強い、の意か)、とも言われる。しかしコシという言葉はそれを使う人によって、堅さであったり、弾力であったり、粘度であったりし、言葉の定義が共有されていないのが現状である。

うどんのコシについての学術的研究においても「咀嚼中の総合的な食感」というテクスチャーをもってコシというほかなく、その主観的な好悪を客観的で一次元的な強弱に落とし込むことは出来そうにはない。

ただし、讃岐うどんの味の評価は、ほぼこの麺のコシ=テクスチャーによってのみなされる。店やメニューの紹介ではだしや具の味、佇まいなどが取りあげられていても、こと「どちらの店が、どの店が美味い」という議論になると麺の出来の比較になる。讃岐うどんにおいては、麺の評価がそれ以外の要素の評価よりも明らかに上位に位置している。これは、つゆ、麺、具の調和によりひとつの「料理」として評価される大阪や京都のうどんとは対照を成している。

讃岐うどんのコシというもののもうひとつの特徴は、それが「時間とともに急速に失われていく」ということである。讃岐うどんの美味さは茹でて水で締めたその瞬間に最大となり、秒分単位で失われていく。一時間も経ったものはうどんの「死体」などと表現され、店で食べる讃岐うどんの当たり外れは、店に入るタイミングが全て、とも評される。讃岐うどんには時間とともに出現するような類の美味さは存在しない。これは「つゆとなじませるためにしばらく置いておく」といったことが普通に行われる大阪や京都のうどんとの明確な違いの一つである。


だし・薬味について
麺の食感という讃岐うどん共通の価値観を除けば、味付けなどは非常にバリエーションに富んでいるが、讃岐うどんを特徴付けるものとしてはほかに、イリコ(煮干し)のだしが挙げられる。

イリコの出汁は、一般的な日本料理の料理法では、煮物や味噌汁などには用いられるが、うどんのつゆなどには通常用いられない。これはイリコが青魚独特の臭みを持つため、二番出汁相当の使われ方をするものだからである。うどんつゆのような「表の味」には鰹節・昆布によって調製される一番出汁が用いられることが多い。

この地域では入手の容易さからイリコがよく使われてきたが、イリコを使った濃厚なだしは讃岐うどんの主張の強い麺と豊富な食べ方のバリエーションをよく下支えしてきた。繊細な一番出汁では、讃岐うどんの「強さ」に負けてしまいかねない。種物や麺つゆをたっぷりつけることさえ無粋とされうる蕎麦とは対照的に、様々な天ぷらが好んで乗せられ、時にはコロッケまで崩し入れられるような讃岐うどん文化には、イリコだしが欠かせない。トッピングとして花かつおをたっぷり乗せてもなお、イリコだしはイリコだしのままである。

薬味にショウガが多用されるのも讃岐うどんの特徴であるが、これもイリコだしと相性がよい。一番出汁に香りの強い香辛料を加えると風味が台無しになってしまうが、イリコだしにショウガは問題とならず、かえって臭みが消えて爽やかな風味がうどんを引き立てる。

香川ではイリコだけでなく、うま味調味料が忌憚なく使われる傾向にある。また他の地域では極めて珍しいことだが、香川では店の食卓調味料として味の素が置かれていることも多い。出来立てのうどんに味の素をパッと振って醤油をチャッとかけてすすり込むのはポピュラーな食べ方である。まただし醤油などもよく使われている。どこまでも強い麺がだしや味付けを繊弱なものにしなかった、これも讃岐うどん文化の一つである。

近年では食品の地域性も薄れて入手性もよくなり、様々なだし・薬味で供されている。他県のうどんやそばと同様、鰹だし、七味唐辛子、山葵なども定番であり、イリコや様々なふしを混合した新たな味も次々生まれている。また讃岐うどんが県外に進出するとともに、かけだしにショウガも広まっている。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』

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2007年09月20日

シンクロスイマー武田美保、エリート官僚と結婚へ

交際半年で婚約ってかなりのスピード婚だったんですね。東大卒業の超エリートを射止めたなんて羨ましいです。一般的には晩婚ですが、ここまで待った甲斐ありですよね。
それより、彼女がマッスルミュージカルに参加していたことに驚いてます。なんのパフォーマンスで出演してるのか気になります。

『参照記事』

シドニー、アテネ五輪銀メダリストでシンクロスイマーの武田美保さん(31)が結婚したことが20日、分かった。本人のブログによると、お相手はエリート官僚(33)で、9月8日に東京・港区役所へ婚姻届を提出したという。挙式は11月23日に都内で行う予定で、今日にも正式発表する。

 人魚のハートを射止めたのは、灘高(兵庫県)から東大を経て経済産業省に勤める超エリート男性。2人の出会いは昨年8月、ソウル五輪デュエット銅メダルの田中ウルヴェ京さんの紹介で知り合ったという。武田さんは当初、お堅いイメージを持っていたが、同じ関西出身ということもあり意気投合したようで、交際半年足らずで結婚の約束をしたそう。

 武田さんはアトランタ、シドニー、アテネの3大会に出場し5つのメダルを獲得。日本女子としてメダル獲得数は、デュエットパートナーの立花美哉とならび歴代1位。04年のアテネ五輪後に引退。05年から五輪親善大使に。昨年からはマッスルミュージカルに出演し、最近は松任谷由実のシンクロを取り入れたショー「シャングリラ3」に参加するなど、活躍の場を広げている。